先日、当研究室と東京学芸大学附属世田谷中学校との共同研究による論文、
「雅楽の視点で捉える「君が代」の音楽的特徴と教育実践の提案」
の掲載についてお知らせしました。
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この記事では本論文の概要を紹介いたします。
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先日、当研究室と東京学芸大学附属世田谷中学校との共同研究による論文、
「雅楽の視点で捉える「君が代」の音楽的特徴と教育実践の提案」
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このたび丸善出版から刊行された『音楽史事典』は世界音楽史の構築に向けて、現在の日本の音楽学の各領域の研究の状況を俯瞰することができるものとなっています。
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日本音楽学会編として刊行されましたが、実際には東洋音楽学会やポピュラー音楽学会の研究者も多く執筆に当たっており、とりわけ当ゼミの比嘉、遠藤が関与した第1章「日本の音楽」の項目は、そのほとんどが東洋音楽学会の会員による執筆となっています。西洋近代の音楽学の枠組みをもとにした日本音楽学会と近代以前からの日本の学問の伝統を受け継ぎつつ東洋学・アジア研究との関連を重視してきた東洋音楽学会は成り立ちや構成員が相違するため、音楽史や音楽学に対する認識にもかなり異なるところがあります。このことは本書の随所に現れており、図らずも本書は日本の音楽学の特異な現状をよく映し出したものになっているように思います。
その象徴的な例を掲げると、同書の編集委員長の長木誠司氏は「刊行にあたって」や「総論 音楽史の対象」の中で、
「歴史学的な視点が長きにわたって採り入れられてきた西洋音楽や、その影響の下に
歴史研究がある程度進んでいる日本音楽」
「比較音楽学は、第二次世界大戦後に登場して今日につながる民族音楽学の基礎と
はなっているが、対象とする各民族や地域の伝統音楽のうち、例えば日本のそれが
歴史的な視点から研究され始め、盛んに議論されるようになるには1970年代を待た
ねばならない。」
などと、日本音楽の歴史研究が西洋音楽の歴史研究の影響や比較音楽学・民族音楽学の枠組みのもとに1970年代に始まるかのように述べていますが、これは日本音楽学会に先立つ1936年(昭和11)に創立し、戦前から研究を行ってきた東洋音楽学会の認識とは大きく異なります。東洋音楽学会は創立するとその年のうちに機関誌『東洋音楽研究』を発刊しますが、その創刊号の発刊の辞には以下のように記されています。
「日本を中心として広く東洋諸国の音楽文化を、純然たる学究的立場より歴史的並に理論的に研究し、我国に於ける音楽学建設に貢献しようといふ、本学会の目的を実現すべき事業の最も重要なる一つ(以下略)」
そして、この発刊の辞のとおりに戦前より日本をはじめとした東洋諸国の音楽の歴史研究、理論研究等を積み上げてきました。当然ながら本書の第1章や第3章にはそれらの成果も盛り込まれています。
(遠藤)
ゼミの方針、使用テキストなどの詳細は こちら をご参照ください。
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◆ ◆ ◆ ◆
【君子のみが楽を知る(3)】
凡そ音*1は、人の心に生る者なり。
楽は、倫理を通ずる者なり。
是の故に、声を知りて音を知らざるは、禽獸 是なり。
音を知りて楽を知らざるは、衆庶 是なり。
唯、君子のみ能く楽を知ることを為す。
是の故に、声を審かにして以て音を知り、
音を審かにして以て楽を知る。
楽を審かにして以て政を知る。
而して治道 備はる。
是の故に、声を知らざる者は与に
音を言ふべからず。
音を知らざる者は与に楽を言ふべからず。
楽を知りぬるときは、礼に幾し。
礼 楽、皆得たる、之を有徳と謂ふ。徳は得なり。
*1:京大清家文庫本は「音」を「こへ」と読む。