『楽記』は、『礼記楽記篇』として儒教の経典に位置付けられてきた、中国最古の音楽の意義を論じた書である。古代の日本でも養老令の学令に『周易』『尚書』『周礼』『儀礼』『毛詩(詩経)』『春秋左氏伝』等とともに『礼記』が大学で教授すべき経書の一に数えられたことから、『楽記』もまた古来学者を中心に広く読まれてきたとみられ、楽書をはじめ多くの文献に『楽記』からの引用が認められる。
もっとも日本の文献に現れるのは『楽記』の一部分であり、そこには日本文化のフィルターを通した取捨選択の原理が働いているようである。では、日本人は古来『楽記』のどの部分に共鳴してきたか、そしてそれをどのように読んできたか。本ゼミではこのような問題を追求するために、『楽記』の中から日本の文献に多く引用が見られる箇所を抜き出し、伝統的な読みを重視した読み下し文の作成を試みた。
テキストは京都大学附属図書館貴重書デジタルアーカイブで公開されている同館所蔵の清家文庫本(慶長元和年間刊)を底本に使用し、読み下し文は同本の返り点やルビを基本としつつも、近世に和刻本が流布した陳浩『礼記集説』 (寛文4年刊)を適宜参照して作成した。注は鄭玄注と陳浩『礼記集説』の注の両者を参照したが、以下にはとくに断りがない限り、古注は前者、新注は後者を指す。
近代以降の日本語の文献では、福永光司著『中国文明選14 芸術論集』(朝日新聞社、1971年)、竹内照夫著『新釈漢文大系28 礼記 中』(明治書院、1977年)、笠原潔「楽記註解(1)〜(6)」(『名古屋芸術大学研究紀要』4〜9、1982年〜1987年)を参照した。